闘神都市・そしてそれから〜新たなる戦いへ〜 |
都市を見下ろす小高い丘の上に、一組の男女が愛馬と共に佇んでいた。 長剣を携え半身鎧に身を包み、頭には深紅のバンダナを巻いている男が感慨深げに呟く。 「…帰ってきたな」 ドレスを身にまとい、男の傍らに寄り添うように立っている女が答える。 「…そうですね」 二人は少しの間、眼下に広がる都市を見つめていた。 やがて、 「行こうか。クミコ」 「ハイ。カスタムさん」 そして、二人は都市──闘神都市──に向かって歩き出した。 一年前に闘神都市を離れ、旅を続けていたカスタムとクミコの元に、一つの知らせが届いた。 『この度、闘神大会を新たに開催することになった。 貴殿の参加を心待ちにしている』 それは、闘神都市の主でありクミコの父でもある【闘神】アレキサンダーからの招待状だった。 当然、カスタムは参加することを決意した。 こうして、二人は再び闘神都市を訪れることになったわけである。 【闘神】アレキサンダーは、二人の訪問を心から歓迎した。 本来ならば、闘神大会の優勝者とそのパートナーしか入館を許可していない『闘神の館』に二人を迎え入れ、 大会が始まるまでこの館に留まってもいいと申し出た。 長旅を続けていた二人には、まさにありがたい申し出だった。 その夜。 「な、何だと・・・!」 館の食堂で夕食を取っていた時のことである。 驚きの声をあげたのは、アレキサンダーであった。 無理はない。娘であるクミコも闘神大会に参加すると言ったのだから。 「ほ、本当か?」 「ええ。本当です」 真剣な表情の娘の顔を見つめた後、アレキサンダーはどういうことだと言いたげに、 カスタムのほうを見る。 「パートナー制は廃止したって言ったんだから、問題ないだろ」 「そういう事ではない」 その言葉に、カスタムは質問の意味を取り違えたことに気付いた。 「・・・オレも、最初は止めたんだけどね。 でも、自分の実力がどこまで通じるか試してみたいって言って聞かないのさ」 カスタムは、軽く肩をすくませてそう言った。 「しかし、いつから・・・」 「都市を離れて、一月したあとの頃かな?」 「私がカスタムさんに、お願いしたんです。 戦いの技を教えて下さいと」 カスタムの言葉を、クミコが続けた。 戦いの技を教えることに、カスタムは最初は反対した。 戦いの場に立つのは、オレ一人で良い、と。 しかし、クミコの決心は固かった。 「いつまでもカスタムさんの足手まといにはなりたくない。 私も共に戦いたいんです」 それに、と彼女は傍らの薙刀を手にしながら、 「私は、心強い相方がいますから」 薙刀のかつての主に思いをはせながら、クミコは言った。 そんな彼女の決意に、カスタムは首を縦に振らざるを得なくなった。 「ただし、オレは長柄の武器は専門外だ。 教えられることは、基本的な扱い方だけ。 そこから先は、実戦を積むしかない。・・・それでもいいか?」 「ハ、ハイッ!よろしくお願いしますッ!!」 パッと表情を輝かせて、クミコは頷いた。 「・・・ま、最初こそ頼りなさげだったけど、一月もしないうちにメキメキ上達して いったよ。 今じゃ、そこらのモンスターよりよっぽど強いね」 「そ、そんな・・・、 カスタムさんの教えが良かったから・・・」 誇らしげに語るカスタムの横で、クミコは照れ隠しに俯いた。 「オレは基本的なことしか教えてないんだぜ。 オレと肩を並べて実戦を積んだから、強くなれたんだよ」 カスタムはそう言って、クミコの肩を軽く叩いた。 「カスタムさん・・・」 クミコは、カスタムの顔を見て微笑みを返す。 「でも、正直言うと、あそこまで強くなれるとは思ってなかったんだ。 やっぱり、血は争えないんだな・・・」 そう言って、カスタムは視線をアレキサンダーに移した。 それまで微かに口元をほころばせていた隻眼の【闘神】は、再び表情を引き締め、 「では一つ聞こう。 もし、二人が戦うことになったら・・・、どうする?」 その問いに、二人は一瞬言葉を飲んだ。 しかし、二人は真剣な面持ちで頷き合い、アレキサンダーのほうを向いて、 「その時は、全力で戦う」 「その時は、全力で戦います」 声をそろえて、そう答えた。 「・・・そうか」 アレキサンダーは、それだけ言って深々とうなずいた。 この二人の戦いは、清々しいものになりそうだ。 まだ見ぬ、しかし、近い内に実現するであろう戦いを想像しながら、彼はそう思った。 そして、深夜。 客室のベッドの上で、ふとカスタムは目を覚ました。 その側には、クミコが安らかな表情で眠っている。 しばらくはその寝顔を見つめていたが、なぜか目がさえて、再び眠りにつけずにいた。 「・・・」 カスタムは、夜風に当たることにした。 クミコを起こさないように気を使いながらそっとベッドから降り、服をまとって、客室を出る。 絨毯の敷かれた廊下を通り、階段を下りて、大広間の両開きの扉を開けた。 外の空気は、思っていた以上に涼しくて、心地よかった。 空には星が瞬き、満月がほのかな光を照らしている。 ゆったりした足取りで、館を一回りしていると、裏庭に大きな人影が見えた。 一瞬賊かと思ったが、月明かりに浮かぶシルエットがそれを否定する。 「奇遇だな。こんな時間に顔を合わすなんて」 人影に近づきながら、カスタムは声をかけた。 「・・・何故ここに?」 アレキサンダーは、振り向いてカスタムにそう尋ねる。 「何か眠れなくてね。夜風に当たることにしたのさ」 「そうか・・・、実は私もそうなのだよ」 へぇ、というカスタムの言葉にかぶせるように、アレキサンダーは続ける。 「何と言うのか・・・、 気が高ぶってくる。そんな感じがしてな」 そう言って、彼は星空を見上げる。 「・・・もしかしたら、オレもそうなのかもな」 カスタムも、それに合わせる。 それっきり、二人の間に沈黙が訪れた。 ときおり微風が吹き、庭の木々の葉がサラサラと揺れる。 「・・・何故、大会に出る?」 沈黙を破ったのは、アレキサンダーだった。 「え?」 「やはり、富と名声を得る為なのか?」 空を見上げたまま、【闘神】は言った。 カスタムは軽く頭をかいて 「正直、それもある。 けど、それよりも大事なことがあるからな」 「何かね?」 「【闘神】アレキサンダー。アンタを越えることだ」 その言葉に、アレキサンダーはカスタムの方を向く。 カスタムは、真剣な表情でアレキサンダーを見ていた。 「一年前、初めてアンタを見たとき、オレはアンタの威圧感に飲まれかかっていた。 アンタと戦ったときには、敗北を・・・死をも覚悟していた。 あの時は【敵】のおかげで、決着はつかずじまいだったけど」 アレキサンダーは、静かに彼の言葉に耳を傾けている。 「・・・この一年、オレは多くの実戦をくぐり抜けてきた。 少なくとも、一年前よりは強くなってきている。 ・・・クミコには悪いけど、今大会も優勝するのはオレだ。 そして、アンタに挑むのもな」 「・・・その挑戦、受けてたとう」 アレキサンダーが深く頷いたのを見て、カスタムは踵を返す。 「・・・待っているぞ」 背中越しの声に、カスタムは振り返る。 そして返事代わりに、親指を立てた右手を見せた。 カスタムが去った後も、アレキサンダーは一人佇んでいた。 「・・・不思議なものだな。 【闘神】と呼ばれ、幾多の挑戦者を退けたこの私が・・・、 彼の強さに震え・・・、そして、それを楽しみにしているとは」 ──好敵手── それこそが、【闘神】アレキサンダーが、長年求め続けていたものだった。 カスタムの挑戦表明を聞いていたとき、彼の体からは、一年前の時とは比べ物にならない程の『気』を放っていた。 間違いない。彼は強くなっている。自分に匹敵するぐらいに。 「・・・待っているぞ」 【闘神】は来るべき戦いの予感に打ち震えながら、好敵手に向けた言葉を再び口にしていた。 翌朝。 闘神大会の開会式を控えたコロシアムは、人、人、また人でごった返していた。 戦いの場となる広間(アリーナ)とて例外ではなかった。 ゴツい全身鎧にハルバードを携えた大男。二振りの曲刀を腰に差している優男。 ローブ姿の男に、鉄棍を手にした若者、ムチを手にした美少女も── 。 すでに大勢の、実に多様な人たちが集まっていて、開会式を待っている。 カスタムとクミコは広場へと通じる通路から、それを見ていた。 二人とも、フード付きのマントで顔を隠している。 人目を避ける意味で身につけた物だ。 「・・・しっかし、すげぇ人だな、オイ」 カスタムはあきれたように呟いた。 「そうですね。去年とは比べ物にならないくらい・・・」 クミコもそれに同意するように答える。 去年までの大会にあった『大会参加者は、美しい女性をパートナーにしなくてはならない』 というルールが、今大会からは廃止されたのだ。 これは、パートナーの都合がつかない者でも参加できる、ということを意味する。 つまり、腕に覚えさえあれば、他はクリアできなくてもかまわないのだ。 広間に集まっている人たちをよく見てみると、どう控え目に見てもパートナーの都合がつ かないような男──ハッキリ言えばブ男──の姿もチラホラ見える。 「今頃、運営委員の人たち、パートナー制を廃止したの、後悔してるかもな」 「お父さんの鶴の一声で決めたそうです」 「・・・なるほど」 「何でも『パートナー制のために、参加したくてもできない者にも門戸を開くべきだ』 と言ったそうで」 「ふぅん」 いかにもあの人の考えそうなことだ、とカスタムは思った。 その時、アリーナのほうから銅鑼の音が聞こえてきた。 開会式が始まる前の予鈴である。 「じゃ、行こうか」 「ハイ」 二人はマントのフードを払いのけ、アリーナへと歩き出す。 「オレと当たるまで負けるなよ」 「カスタムさんこそ」 「へッ、オレが負けるかよ」 不敵に笑うカスタムに、クミコはそうですねと言って笑みを返した。 そして二人は足を踏み入れた。 新たなる戦いの場へ。 |
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